日常と非日常
―20世紀の古典主義者たち―
1998年10月11日論述
(一)
導入
アメリカの作曲家スティーブ・ライヒが、ミニマリズムからの離脱を表明したとき、私は、それより以前に、彼が彼自身の音楽論について表明した文脈を想ったことを憶えている。
――私はコンセプチュアル・アーティストではない。なぜなら、私の場合、概念が必ずしも作品に先在してはいないから。むしろ「緩やかに移りゆくプロセスとしての音楽――Music as a Gradual Process」で述べたように、形式が内容に先在し得るばかりでなく、内容が形式に先在することもあり得る。
概説すれば、美術とともに、音楽における、ロマン主義との葛藤の中から生れたミニマル・アートの正統性についての考察であり、その分析の過程での一つの出会いに違いなかった。「正統性」の言葉で、私はその語用を、「古典主義継承」における正統性に限ることを附加したい。それとともに、現代美術におけるロマン主義を、例えばドイツ表現主義(そして、その根拠を提供しているとされるカント美学)に範囲を拡げても私の論旨は変らないが、直接的にはアメリカ抽象表現主義がその用語の対象であることも附け加えておこう。更に、その対応としての古典主義作品が、大戦後の世界の美術界をリードしており、その成果と影響力において他の追随を許さないアメリカ・ポップアートであることも……。
現代音楽の場合、クロード・ドビュッシーからオリビエ・メシアンへの一つの流れを考え、その上で、モーリス・ラヴェルからピエール・ブーレーズへのもう一つの流れを想定することは可能だろう。後者、即ち古典主義系列から、より厳格な構成を呈示するミニマリズム(一般に反復音楽とも言われる)が誕生する。だが、ロマン主義と古典主義の同時並存の中で、今度はミニマリズムと古典主義の本質的差異を認めることの難しさを鑑賞者は感じるだろう。リズムと主題の単純な反復――この理解は、他のジャンルの鑑賞によって、歩を進めることは可能である。
舞踊と美術における展開は、本質的な等質性によって、異なったジャンルでの最大公約数を持つ。古典主義としてのポップアートとモダンダンス。それに続くミニマリズムとしてのポスト・ポップアートとポスト・モダンダンス。だが、例えば情意性や内面性の排除、あるいは素材の没個性と無機的形象、等……、現代の古典主義者たちの志向を更につきつめていく作業。意図と現実の乖離は、しかし単純な必然性に基いている。美術におけるロイ・リキテンスタインやアンディ・ウォーホル達、舞踊におけるマース・カニンガムやアルヴィン・エイリー達、この古典主義者たちは、日常性が優位を占める画面や、あるいは空間に、観念を持ちこむことはない。だが、ポップアーティストやモダンダンス振付師のこうした志向をつきつめようとするミニマリストは、古典主義者が尊重する技法や素材への洗練された感性を、必ずや変貌させずにはおかないのだ。危険は目前にある。そもそもの素材重視がやがて概念形成への偏りを生む。そして、このコンセプチュアリズム(概念主義)は、今ではミニマリズムとは異質の、美に無縁の存在となる。
かつてはスティーブ・ライヒの同僚とされていたソル・ルウィット(美術)の次の言説には危険な萌芽が既に見えつつある。
――芸術家がコンセプチュアル・アートを手がけるとすれば、それはすべてが計画され、すべての決定が予めなされ、実行は取るに足らない事柄にすぎない、ということを意味する。
次のような例もある。
日本にも馴染みの深いアメリカ・モダンダンスのエリサ・モンテの次のような言説は、ある示唆を与えずにはおかない。――私たちの特性は、スピード感と緩慢な動きの持続性にある。そして、トレーニングは、発表される作品の一部です。
ここには、一つのプロセスがある。スティーブ・ライヒの音楽によるE・モンテの振付は話題を呼んだが、そこにはモダンとポストモダンの両様が見られるように、その言説には、既に明白なポスト志向がのぞいている。例えば、イヴォンヌ・レイナー(ポスト・モダンダンス)の、――ある目的に向うプロセスとしての運動、というダンスについての一つの定義に、共通性を見出すのは容易だろう。
S・ライヒが離脱したもの、そして、P・ブーレーズがかつての師メシアンを激しく批判する・・・・・・。幾つかの事例の交錯は、ミニマリズムとロマンティシズムが、古典主義者たちが棲息することのできない土壌としての共通性を備えていることを伝えずにはおかない。
(二)
日常と非日常
≪日常と非日常――主題のための例題≫
この主題へのステップとして、モダン・ダンスにおけるエフォト・アクション(Effort Action)から一つの例をとり出してみる。舞踊の専門的・技術的分野に属することではあるが、それは他の世界にも共通する普遍性を備えている。
ダンス・システムとしての、あるいはカリキュラムとしてのエフォトでは、例示する「着地」は、エレヴェーション・フレーズ(Elevation Phrase)に組み入れられる。
「床からの離れ」――即ちエレヴェーション。その基本要素としての「着地」は三つの態様を準備する。
(1)直後の再浮上を予定した着地
(2)浮上の感覚を放棄した着地
(3)浮上の感覚を留保した着地
感性的把握というよりは、瞬発力に似た筋力の鍛錬にその成否がかかる(1)では、衝撃性と推進性が強度に要求される。それに比べて、重力に身を任せて床に落ち込む(2)のケースは、初心者にとっては最も普通の意味での着地として理解される。だが、ステージと不断のトレーニングを日常とするプロフェッショナル達にとって、常時の緊張感は、(2)の着地の方を、単純作動の(1)より困難に感じさせよう。激しい着地に続いて、ひざまづく、あるいは横たわる等の動作が自然な運動として眺められるのはそのためである。感性的把握が最も必要とされる(3)では、身体的熟練は当然、過度の精神的集中が要求される。ジャンプの性格を明示する身体的エレヴェレーションから、着地の性格を分離するに等しい精神的エレヴェーション、時にはすばやく、時に緩やかに、一方から他方への移行を容易にするのは感性的把握である。
この留保感覚は、熟練されたダンサー達に、一つの選択の自由を与えずにはおかない。それは再浮上と浮上放棄の選択に関することだが、上級者にとってこの才能は人生の断面を暗示している。即ち、習得に至る必要条件として、精神が身体にうち克つこと、それに対して打ち負かされる身体については、例えば脚部や背筋などの強度の鍛錬が、こうした上昇の留保感覚を達成させるという逆説によって説明されるからである。
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| モダンダンスのエレヴェーション・フレーズ(着地のエフォト) |
性格を全く異にする他の舞踊についても、その留保感覚は等質だと言えるだろう。
例えばバレー。あるいは、エレヴェーション・エフォトを殆んど見出せないボールルーム・ダンスにおいても、同様である。アメリカ合衆国を中心に、次いで西ドイツで多くの成果をもたらしてきたモダン・ダンスに対して、イギリスではバレーとともに重要な位置を占めてきたのはボールルーム・ダンスである。この舞踏には、文学や絵画に共通するイギリス的特性が感じられる。(日本では社交ダンスとして親しまれているが、本項では、かなり性質を異にするエキジビション・ダンスの、その振付に関する観点から私は述べていることをことわっておかねばならないだろう。)
クラシック・バレーの場合と同様に、演奏スタイルの変化はあっても、既存の音楽をもとに振付する。モダンワルツやフォックストロット、あるいはタンゴのように、音楽における明確な差異がそのまま舞踏における差異を生む。曲目をとおした総体としては、これもバレーと同様に情動的で物語性の感覚をそえるのだが、またバレーと同様に、ルーティンを構成する各フィガーはすべて抽象の連続である。この、ジャンプを例外とする舞踏ジャンルでは、モダン・ダンスにおける克服すべき「エレヴェーション・エフォトの留保感覚」は、独特のムーヴメント重視の体系の中に充ちることになる。特に、ベーシックとスタンダード・フィガーにさえショー的要素を見せるフォックストロットでは、それは更に顕著となる。
しかも、最も基本的なダンス・ウォークそのものが、この留保感覚の連続で構成されていると言っても過言ではない。
スポーツではディフェンスの中の幾つかにそれが生かされている。例えばテニス、――リターンへ向う直前。野球、――捕手が捕球する直前の野手達。日本のプロ野球成長に最大の貢献をしたアメリカ選手、ウォーリー・ヨナミネの場合、一般に「外野守備のすばらしいフットワーク」と称される、連続した「留保感覚」の提示にそれは認められるだろう。
また例えば「能」における運び。茶道の作法、特に表千家の単純さに、私はこの留保感覚を多く認める。
≪現代的日常性と古典主義≫
主題のための例題として私が具体的に例示した事項は、すべて、特殊世界での習得という事実において非日常である。だが、まず結論を先に述べれば、列記したすべての「留保感覚」は、「日常の美」を形成する要件の重要な部分と言える。
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| Trisha Brown |
この興味深い論述は、しかし、今までのところ、十分な論証を提示しているとは言えない。たとえば、S・ソンタグが例示した「観客が嫌悪を覚える作品」について、この関係式の素因を作品と観客における日常感覚の差異と断定できるほど、式を構成する記号の概念が明確とは言えない。
しかし、「日常性」は定義に馴じむ言葉ではない。したがって、スーザン・ソンタグの言語分析へのアプローチは、不充分とはいえ、有益な示唆をそこに含んでいる。例えば「リアリズム」の用語と比べるとき、その類似性が理解されるだろう。
言語分析への一つのアプローチを例示しよう。
・・・・・・ロバート・ラウシェンバーグが「コンバイニング(Combining)こそが真のアクチュアリティ(現実)である」
と言うとき、それを理解した私は、彼が「非コンバイン・ペインティング」を唱え、変貌の理由を明白にしないときに初めて、この美術概念の消失を表明することになる。
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| Robert Rauschenberg "Casino-R.O.C.I.Mexico" 1985 |
この「アクチュアリティ」、一般的には「リアリズム」という用語が描く現実感覚は、しばしば、前衛を標榜する多くの美術創作者達に決定的な錯誤を与えずにはおかない。それは対立概念として「イリュージョン」を設定することに起因する。だが、芸術史は、その用語がどうであれ、イリュージョンの確実な現存を私達に伝達する。一般的にミニマリズムからの移行とされる、美術におけるコンセプチュアリズムについて、私がしばしば両者を区別するのは、この点においてである。ミニマリスト達は芸術史の現実を決して否定しない。だが、コンセプチュアリスト達は、とるに足りない「独断的な現実感覚」に基き、その他のすべてをイリュージョンとして排除する。結果として、現実認識は彼等から離れ、かつてない幻影の中に彼等は自閉する。
ミニマリスト達を陥れる深淵は、この稚拙な観念主義者たちが誤って近親性を錯覚する、ある概念の追求の中に存在する。たとえば描くための手段である絵具やキャンバス、立体作品を構成する材料等、それ自体の存在の提示こそ作品となる。現代美術を多様化した「シェープト・キャンバス」(フランク・ステラ)、「ユニタリーフォーム」(ロバート・モリス)そしてこの概念追求に理論を与え、実作にそれを現したソル・ルゥイット達の業績は確かに評価されなければならない。
ここには「日常性」への強い志向が感じられる。しかし、マルセル・デュシャンにはじまるこの現代思潮は、ほぼ完全な形でポップアーティスト達に継承されていた。1960年代に隆盛を見せた潮流は、今日でもグローバルなスケールを示している。
例えば、フランス文学におけるヌーヴォー・ロマン。演劇におけるアンチ・テアトル。そして、それと規を一にした、アメリカ・モダンダンスの変革がある。
その実作振付をとおしてモダンダンスに体系を与えたマーサ・グラハムから、マース・カニンガムへの流れは、美術動向との相似性を保持している。美術史、音楽史に、断続的に、しかし常に「消失することのない人間の情意性」として現われるロマン主義の傾向を持つアメリカ抽象表現主義の終焉、それに代って、ハードエッジや構成に抽象感覚をそえつつ、情意性の排除と日常的素材の提示、創作者それぞれに特有のデッサン感覚と技法が創意を決定する古典主義者・ポップアーティストたちが、現代の傾向と影響を担うことになる。
マーサ・グラハムによるモダンダンスの確立は、クラシック・バレエなどの古典舞踏にみられる形式主義に対する反撥から生れた。彼女における自由の獲得は、振付の斬新さとして姿を現わした。彼女における振付への情熱は、人間の内面の呈示である。今日、アメリカが生んだ、アメリカを代表する偉大な美術家の一人、ジャクソン・ポロックと、その朋友たちの存在は世界美術史に輝きを放っている。彼等の抽象表現主義を覆うロマンティシズムに、マーサ・グラハムの舞踏理念が近親性を添えていると言えるだろう。
だが、すぐにも姿を現したアンチテーゼは、一つの必然性を意味する。
マーサ・グラハム舞踊団の中心的存在だったマース・カニンガムは、モダンダンスを支配していった内面性の呈示――舞踏における抽象表現主義に対して反撥を深めていく。例えばポップアートの先導的役割を担ったとされるジャスパー・ジョンズが、フランス・ヌーヴォーロマンの系譜に入れられるサミュエル・ベケットと共同制作をしたように、カニンガムもまた、ロバート・ラウシェンバーグ(美術)やジョン・ケージ(音楽)との共同制作を開始する。自からの舞踊団を創設したカニンガムの振付は、日常的素材の重視という「より現代性」の中に、内面性呈示の排除に伴なう「舞踏的素材の現在化、その調和と整合性」という新しい古典主義の試みに貫かれることになる。
シュトックハウゼン「小オーケストラのための≪Formel フォーメル≫」の表紙
12の数に基くリズム構造についての作曲者の注釈がほどこされた最初のページ
シュトックハウゼン「小オーケストラのための≪Formel フォーメル≫」の表紙
12の数に基くリズム構造についての作曲者の注釈がほどこされた最初のページ
ここに、歴史の必然性を認めるのは私だけではない。
たとえば、音楽における新古典主義者ストラヴィンスキーに対して、激しい批判を続けたアントワーヌ・ゴレアは、その著書「Esthetique de la musique comtemporaine (現代音楽の美学)」で、ラヴェルへの評価に、ドビュッシーのロマン主義的要素との共通性を認めたい欲求をのぞかせている。だが、このフォーレの弟子である古典主義者がドビュッシーと分ち合う共通性は、現代音楽の先駆者という外形だけである。ドビュッシーを師としたメシアンの高弟たち、シュトックハウゼンやブーレーズのその後の展開と、今日、師メシアンとは余りに隔った対極に位置する事実を眺めれば、芸術史を彩るロマン主義に対して、古典主義が示す力強さは認識されねばならないだろう。
≪「能」が共有する日常性と古典主義≫
評価の言表として「形式にとらわれない……」がある。しかし、言表者たちはその語用を明確にしない場合が多い。蓋然性に基く分類として、この語用は二通りの用法を示す。「様式の革新」と「様式の欠如」である。後者は美学の消失につながるが、それについては後述する。
前者はしばしば「新しさの出現」について言われるが、実は必らずしもそうとは限らないのである。
舞踏振付家モーリス・ベジャールが健在だった日々、彼が率いる20世紀バレエ団は度々日本を訪れた。そうした日々の中で、モーリス・ベジャールは、歌舞伎をモダン・バレエの振付で再現する試みを実行した。歌舞伎には乏しいデッサン感覚が「仮名手本忠臣蔵」の舞台に生み出されることで、彼はそれなりの成功を示した。
それでも、ある難点への思いが私を捉えたことは事実である。「ボレロ」に代表される単純な反復による一種のミニマル感覚が、ベジャール自身「忠臣蔵の物語性」を尊重する振付に、充分に生かされていたとは言えなかった。むしろ、その融合は不可能に近いことかもしれない。
変哲のない伝統芸能として鑑賞者が楽しむ要素は、劇全体の主題である不明瞭な「忠義」の観念よりは、むしろ通俗的ドラマのコラージュの中にあるからである。ベジャールが試みた古典主義は、抽象表現に近い歌舞伎(浄瑠璃)と密接することは至難であるに違いない。逆に、文楽(人形浄瑠璃)の方こそ、そして例えば「菅原伝授手習鑑」のプロットの中にこそ、ベジャールが探ねる、失われた「日本人の主題」があるように私には思えた。またベジャールが志向したデッサン感覚は、当然ながら、歌舞伎よりは文楽の方にこそ融合できるものではなかろうか。
デッサン感覚としての古典主義的性格は、「能」の中に最も適切に具現されている。例えば総合芸術として理解される「能」における謡・舞・囃子の構成要素を、共通素因の結合による分離提示が可能であることは、ヨーロッパの旅役者がしばしば演じたギリシャ悲劇やシェークスピアのドラマと類似する。ここには、古典主義芸術に不可分の「デッサンが全体を決定する条件の比重」が間接的に提示されている。「能」の場合、それは舞踊、声楽、器楽という個別的整合を経た略形式の提示となる。この分離可能性は、あらゆる芸術ジャンルに共通する、古典主義作品の特質と言えよう。
この特質は、物語性に頼る、あるいは情意性を重視する作品からは、決して見出すことのできない、時間の浸蝕に耐え得る前衛性を生み出している。
敦盛 :出典 平家物語 作者 世阿弥
「草刈笛の声添へて 吹くこそ野風なりけれ」
例えば「能舞台」だけに限ってみても、室内に独自の空間を占める舞台の屋根。十年一日の如き正面の「松絵」。更に鏡という具体的素材による抽象感覚としての「鏡の間」。それは抽象表現主義やロマン主義にはないハードエッジの抽象感覚である。それは、例えばコーラス(地謡)部門で、シテの流派による能楽師たちのユニゾン唱法の整合性と共通する。その強調はたしかに単純で、多様性を欠くが、しかし、歌舞伎にせよ、近代演劇にせよ、その狭路に疲れた鑑賞者は、この前衛芸術の整合性から、改めて自由の意味をくみ取るに違いない。
「草刈笛の声添へて 吹くこそ野風なりけれ」
例えば「能舞台」だけに限ってみても、室内に独自の空間を占める舞台の屋根。十年一日の如き正面の「松絵」。更に鏡という具体的素材による抽象感覚としての「鏡の間」。それは抽象表現主義やロマン主義にはないハードエッジの抽象感覚である。それは、例えばコーラス(地謡)部門で、シテの流派による能楽師たちのユニゾン唱法の整合性と共通する。その強調はたしかに単純で、多様性を欠くが、しかし、歌舞伎にせよ、近代演劇にせよ、その狭路に疲れた鑑賞者は、この前衛芸術の整合性から、改めて自由の意味をくみ取るに違いない。
また例えば、二番能「敦盛」で使用される能面「十六」をはじめ、「直面(ひためん)」等の例外が、単なる例外を越えた設定に、いわゆる固定観念の表出よりも、伸びやかな自由を認めるのは私だけではないだろう。そして、現代演劇、モダンダンス等が模索してきた「観客参加の理念」についても、「日常と非日常の交錯」を、「能」舞台の構成様式は、古い時代から今日に至るまで、考察のための緒口を常に提供し続けている。
≪ポール・クローデルと能≫
私は、先に、モーリス・ベジャールという舞踏振付家による歌舞伎へのアプローチを記述した。そして主観に過ぎる恐れを感じつつ、あえてベジャールの日本の伝統芸術への交接が、むしろ、同じ浄瑠璃でも人形浄瑠璃であることがはるかに望ましかったという結論を導いた。
この「デッサン感覚」が保持する古典的な芸術性は、それより前の世代の芸術家によって達成されていたと言えるだろう。そして、その芸術家、ポール・クローデルの名声は遥かに高く、彼の偉業はフランス文学史上にかつてない軌跡を録していた。
ポール・ヴァレリーと共に、ステファヌ・マラルメの高弟として若い時代から将来を嘱望されていたが、クローデルのカトリック回心への道筋は、アルテュール・ランボーの「イリュミナシオン」に始まり、そこで生れた形而上的世界への志向は、やがてパリ・ノートルダム大聖堂におけるクリスマスの晩祷によって達成されたと言えるだろう。
19世紀終りから20世紀にかけて、フランス全体を覆い尽くしたかの感があった「科学万能主義、唯物史観」に、彼もまた、多くの青年たちと同様に心をさいなまれた一人に違いなかった。だが、カトリック回心後のクローデルの文学的歩みは、「詩劇」、即ち言語活動における難事業の達成にあった。
ポール・クローデルは、ギリシャ悲劇、あるいはシェークスピア劇から多くを学んでいたが、彼の日本滞在期間中に「能」への強い傾倒を感じ始めていた。単に他国の古典芸術への興味などではなく、「能」が持つ斬新な舞台劇の特質が、彼の感受性に大きく作用した結果である。彼は文人としてばかりでなく、外交官としても、自国フランスのためにその身を捧げていた。
Fanny Ardant dans l'oratorio dramatique : « Jeanne d'arc au bûcher »
劇的オラトリオ 「火刑台上のジャンヌ・ダルク」 (主演 ファニー・アルダン) 2005年
彼の在日期間は1921-1927年、駐日フランス大使としてであった。この数年の間にクローデルは、「能」が持つあらゆる特質を殆んど習得吸収していったと言えるだろう。後年の彼の作品、例えば「クリストファー・コロンブスの書物」をはじめ、劇的オラトリオと指定された「火刑台上のジャンヌ・ダルク」などは、「能」の特質からの影響が著しい。
劇的オラトリオ 「火刑台上のジャンヌ・ダルク」 (主演 ファニー・アルダン) 2005年
彼の在日期間は1921-1927年、駐日フランス大使としてであった。この数年の間にクローデルは、「能」が持つあらゆる特質を殆んど習得吸収していったと言えるだろう。後年の彼の作品、例えば「クリストファー・コロンブスの書物」をはじめ、劇的オラトリオと指定された「火刑台上のジャンヌ・ダルク」などは、「能」の特質からの影響が著しい。
この偉大な文学者と「能」については、機会を改めて論述したい。
≪ミニマリズムはその役割を終了する≫
ポスト・モダンダンスに相当するポスト・ポップアートという言葉がある。だが、前者がM・カニンガム以降のダンスの一つの傾向を指示するのに対して、後者はポップアート以降のさまざまな傾向を総称する。
ポスト・ポップアートの主役として、批評家バーバラ・ローズはミニマル・アートを想定した。それに対して、フォトリアリズムにその可能性をみたクリスチャン・リンディやリンダ・チェースのような批評家がいる。こうした想定や期待は必らずしも裏切られたわけではないが、70年代の期待可能性は既に消失している。主役は常にポップアートだった現実が、評価と計測の基準変更を批評家に強いることになる。
そして、いま、私の想定のなかで、ポップアートが未知の何かにその地位をゆずるケースがある。その時、ミニマリズムは既に過去の一つの遺産として、オプティカル・アートと同等の評価を得ているに違いない。
フォトリアリズムの場合、ポップアートの真正な継承者として、それ以上の人気を得ることはないが、ポップアートとの並列のうちにその独自性を深めていくに違いない。
一方、ポスト・モダンダンスの舞踊家たちは、すべてミニマリストとして理解されている。だが、独自の振付でミニマリズムを代表するトリシャ・ブラウン、イヴォンヌ・レイナー達、その活動の本拠地をニューヨークに置く彼女達は、西海岸出身の音楽家ジョン・ケージの「音楽の未来(The Future of Music)」宣言に主張の根拠を求めている。
――時速50マイルのトラックの音、雨の音、そしてラジオの雑音、われわれをとりかこむ音の大半を占める騒音は魅力に充ちている。
こうした雑音を、J・ケージは音響効果として、つまり手段として採用する考えを持たず、あくまで創作の主要素である素材として捕えていった。そこから導かれる「日常性」への考察を、舞踊におけるミニマリスト達は、今度は舞踊におけるポップアーティスト、マース・カニンガムからの学習の上に発展させる。
ミニマリズムが美術史に残すであろう評価すべき足跡に、必然的に内在する宿命的なペシミズムは、舞踊振付のスタイルの中に既に現出している。
例えばポスト・ポップアートとしてのフォトリアリズムは、カメラやエア・ブラシュの活用をとおして、古典主義継承者としての独自のデッサン感覚を呈示しつつ、情意性の排除による主知性をより強めていった――、一方、ミニマリズムは、素材やメディアそれ自体の空間における成立条件を呈示することに、「日常性」についての認識を強調した。ミニマリズムにとっての幸運は、ドナルド・ジャドやソル・ルウイットなど、豊かな才能がそこに身を投じたことにある。素材それ自身の呈示は、単純な反復の形体にその成果を賭けることになる。その実作で成功した例題は、単純が初めて可能にする整合の美を観者に与えてくれた。
しかし、そもそもの課題であった「情意性の排除」も「意味論からの解放」も、彼等の極端な日常認識が、その主張に内在する矛盾をクローズアップさせることになる。日常認識における狭路と究心性、この限定衝動は、必然的に意味論の拡大を予定する。即ち、言語における物理的法則の支配に従うことである。
ミニマリストが自からの内に確かめなければならないペシミズムは、ポスト・モダンダンスの場合、ジョン・ケージの宣言の具現の中から既に生れている。表現の手段ではなく、素材として捕かくすること。この素材認定をミニマリスト・ダンサー達は自からの身体に適用する。ここにも一つの矛盾の現出がある。J・ケージが雑音に与えた上位移行を、極端な素材認定による日常把握のために、自からの身体の下位移行を企図することになる。日常性の美学にとって、それは危険信号に等しい。身体動作の極限への試行もあるが、熟練を必要としない「素材人間」が群がるステージの振付を、鑑賞者もまたミニマリスト的反復の支援を続けるだろうか?
かつて、美術批評家バーバラ・ローズが、その夫であったフランク・ステラの作品について、「ミニマル・アートの外形の内に、抽象表現主義の残骸が濃厚」だと批難したエピソードがある。その真ぴょう性については不明だが、鋭い舌鋒で知られる彼女のプロフィールを伝える情報としては適確であろう。そして、彼女の言説は正当であり、かつ不当である。その批判が当っていることにおいて正当である。だが、批判の対象の宿命性において、批判行為は不当となる。
先記した矛盾の必然性がそこにはある。範囲の限定がもたらす意味作用の拡大であり、それは当初の否定事項として激しく衝突する。フランク・ステラの今日は、ミニマリズムからの解放を伝えている。
私は、「形式にとらわれない」の言表が意味する二つのうち、「様式の革新」については先に論述した。もう一つの「様式の欠如」は、美術におけるミニマリズムからの展開に顕著である。それは一般に「観念主義(Conceptualism)」の呼称で、一部の人気を博しているが、この名称が持つ「無・意味」性は、そのまま活動のノンセンスにつながる可能性を秘めている。
主題と形式、あるいは内面性と表現技法は、しばしば論述の便宜から分離して語られるが、この二つが密接していることに異論をはさむ者はいないだろう。つまり、構成力としての技法的側面を示すこの用語で、それが未熟とされることは、同時に創作者に内在する「コンセプト」の希薄性が語られることである。したがって構成力の乏しさを被いかくす、錆びついた観念言語の壁を想定するとき、コンセプチュアリスト達が喧伝する観念性が外形的役割を分担し、技法的構成力が内容を意味する例示となる。様式の欠落が招く美学の衰退現象である。
≪日常と非日常――主題への序説≫
冒頭に例題として記述したモダンダンスのエレヴェーション・フレーズについて、特に「再度の床離れ」のための留保感覚を、日常性呈示のための要素として結論づけた。
この結論に、私は「日常性転換」の合目的性を附与している。例えば次のような類例は容易に理解されるだろう。
それは会話と会話の記録の間に介在する差異の感覚である。「テープ起し」のケースを連想してもよい。もし録音テープの音声を、使われた言葉もそのままに文字にすれば、この平易な日常会話をスムーズに読了することは殆んどの人にとって不可能となる。証拠探索の作業としてはともかく、日常性の等質な伝達をはかるならば、「話す言葉」から「読む言葉」への翻訳は必要となる。時間と時間の差を埋める修正によって、等質の日常性が伝達可能となるのである。
同様に、ダンスのムーヴメントにみられるスムーズな位置の移行は、習慣的平穏の態様を示す。ぎくしゃくした動作は、観客の日常感覚を奪い去る。落差の要因は、注視を伴わない出会いと、注視に応える舞台上の動作の間にある。この落差をうめるのが「留保感覚」の持続性である。そして、ここでは逆もまた真であり、今度はぎくしゃくした動きを示す場合でも、それは人為に基く動作として「留保感覚」の習得が必要とされる。
そもそも日常性への強い主張は、マース・カニンガムに始まる。そして、ポスト・モダンの殆んどの舞踊家は、カニンガムからそれを継承した。だが、美術のミニマリストたちが、素材自体の表現にその概念を見出すとき、期せずして否定事項の復権を許すことになった矛盾――、それと同様に、舞踊のミニマリストたちも素材概念に捕われた結果、もともと内面否定にはじまる日常性の転化作用を余儀なくされる。そして私が例示した――時間・空間の差をうめる転換――とは別の、象徴記号の列記という概念性が先行する。結局は内面否定の別の内面呈示というペシミズムに陥ることになる。これは新しいロマンティシズム以外の何ものでもない。日常性の宝庫が、ミニマリズムには無縁の存在となっていく。
先に記した留保感覚の日常性呈示は、モダン・ダンスに多く認められるが、それは本来すべての舞台芸術に適用し得るエフォトである。マース・カニンガム振付の独自性は、ジョン・ケージのそれと同様、伝統舞踊が否定する「日常の所作」の捕かくにあった。捕かく者はその対象を料理する。M・カニンガムの類い稀れな整合性は、こうした「日常把握」の感性が創り出したものである。
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| マース・カニンガム振付 ≪ランドローパー≫ 1972年 |
そのとき、私は、カニンガムの作品の中に、伝統的バレーのさまざまな場面も楽しむことになる。それはちょうど、ポップアーティスト、ロイ・リキテンスタインの作品の中に、しばしば、ピカソやマティス、さらにはモネやレジェ等の形象を楽しむことができるのと等質である。
リキテンスタインの「Haystack」は、積み藁の写生による作品ではない。クロード・モネの作品を彼のスタイルで描いた結実なのである。
今日、ミニマリストたちは、彼等を育んだ土壌への克服が殆んど不可能であることを知っている。そして、大衆への浸透が常に重要な課題となるアメリカでは、彼等の先達者ポップアーティスト、あるいはモダンダンスがいつも優勢である事実以上に、異なった世界からの脅威に晒されている。例えば舞踊の場合――
一つはアメリカに根強い、クラシックバレーの人気である。もう一つはロック・ミュージックを主体としたミュージカル・ダンスである。更に、新しく勃興したジャズ・ダンスやコンテンポラリー・ダンスの展開が早い時期に成熟を見せた事実がある。そして、このいずれもが、ジャンルの中での斬新性を競うと共に、音楽と舞踊によるステージング・コンセプトの更新性と、ハイレベルの技術を競うトップダンサー達によって最高の評価を得ている現実がある。
ミニマリストたちが「日常性」を狭い器の中に閉じ込め、実りのない観念ゲームにたわむれている傍らで、「日常性」の宝庫は、世界のすみずみで、価値への考察の道しるべを提供し続けている。
(三)
結語
いつもは読み過ごすだけの、ありふれた言説が、読む者に、それより以前の体験を想い起こさせる一つの例。
アメリカの作曲家スティーブ・ライヒの言説――古典主義についての端的で明解な定義にも等しい――は、イギリスの数学者W・W・ソーヤーが「最も美しい部門」と讃える「射影幾何学」の一つの成果を私に想い起こさせる。
ユークリッド幾何学の公理が、非在の抽象概念で成立していることに伴なう、複雑で面倒な情報構成を、「射影幾何学」はそれを明確に切断し去るという、この対比は、少年の日からこのかた、私の胸を充たしてくれるものの一つである。ただ、少年時代の思い出はやや錯綜して、どちらかと言えばデザルグやパスカルのこの主題にまつわる定理よりは、同じパスカルでも「円錐曲線論」から導かれる結果としての記憶がいつも優位を占めている。
射影幾何による証明法が内在させる一種の美学は、やはり成年近くなって初めて味わったことのように思える。
それは「切断」と「単純化」がもたらす美と言えよう。
デカルトの座標導入が持ち込まずにはおかない計量に比べた場合、パスカルにおける資質の態様はこの上ない魅力として私の眼に映った。また、例えば「姿を変えたもの」を主題とする「射影変換」は、私に「前衛理論」への序章を常に提供してくれている。
整合性、デッサン感覚、調和等を古典主義の主たる要件とみなすとき、蓋然的ではあるが、興味深い判断が生れる。
より前衛的であるものの古典主義的特性。例えば、伝統的形式論理学に比べて現代論理学、その現代論理学の中で、命題論理よりは述語論理の方が……、勿論、現代数学もそれにあてはまる。また例えば、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが、芸術のあらゆるジャンルで、「現代性」の主題をとおして、多くの古典主義者たちに与えた影響と、エマヌエル・カントが常に表現主義者=ロマン主義者たちのより所であった対比は興味深い。
射影幾何の明解さは、しかし、ミニマリズムの考察の中で、私に霧のような不透明さで一つの不安を与えてきた。仮りに、問題解明のプロセスが、ミニマリスト達の素材表現との「比」を成り立たせるとすれば……。
そして、こうした時期でのライヒの言説との出会いであった。ありふれた言説の中に、私がつかんだもの。例えばモーリス・ラヴェルの「ラ・ヴァルス」の微妙の調性。「ボレロ」における細心のバランス。また例えば、二次曲線を円錐切断による曲線で求めるとき、対応する外形線に平行という固定した放物線のファールラインの中で、微妙な差異を内在させる双曲線の位置の範囲、等である。
20世紀の古典主義者たち、多様な個性の中に共通する継承性は、あるいは、その源流の中に姿を見せずに予定されているのかもしれない。







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